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高松高等裁判所 平成10年(行ス)2号 決定

抗告人

川島町議会

右代表者議長

住友順一

右代理人弁護士

中田祐児

上地大三郎

島尾大次

相手方

日出和男

右代理人弁護士

林伸豪

川真田正憲

石川元也

服部融憲

伊賀興一

横山精一

山内康雄

竹嶋健治

諌山博

富森啓児

村井豊明

井関佳法

高山利夫

重哲郎

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一  本件抗告の趣旨及び理由

抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の申立てを却下する。申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書及び抗告理由補充書(二通)のとおり主張した。

第二  当裁判所の判断

一  抗告理由中本件執行停止申立てがその利益を欠き不適法である旨の主張について

1  記録によれば、次の事実が認められる。

(一) 相手方は、平成八年一月二八日施行の川島町議会(抗告人)議員選挙に立候補し、一票差の次点とされたが、異議・審査手続及び訴訟の結果、最下位当選者とされていた藤岡正一(以下「藤岡」という。)と得票数が同じであるとされたことから、公職選挙法(以下「公選法」という。)九五条二項の規定に基づき、平成九年七月六日、くじにより当選人と定められ、抗告人の議員(任期は平成一二年二月一〇日まで)となった。

(二) 抗告人は、平成一〇年一月一九日の臨時会において、相手方が、平成九年一二月一六日の定例会で行った一般質問の際、「解放同盟はえせ同和行為だ」などと部落差別を助長する発言をしたこと及び特定の業者名を挙げてその利益を誘導する発言をしたことを理由に、相手方を除名する旨の懲罰(以下「本件除名処分」という。)をした。

(三) 抗告人の議長は、公選法一一一条一項三号の規定に基づき、平成一〇年一月一九日、川島町選挙管理委員会(以下「町選管」という。)に対し、本件除名処分により議員の欠員が生じた旨の通知(以下「本件欠員通知」という。)をした。

(四) 町選管は、公選法一一一条二項の規定に基づき、当該選挙長に対し、右欠員の旨を通知し、同選挙長は、同法一一二条五項並びに八項及び一〇一条の二第一項の規定に基づき、平成一〇年一月二三日、選挙会を開き、繰上補充により藤岡を当選人と定めた上、その旨を町選管に報告し、町選管は、同法一〇一条の三第二項の規定に基づき、同日、右の定めを告示した。

(五) 相手方は、地方自治法二五五条の三の規定に基づき、平成一〇年二月六日、徳島県知事に対し本件除名処分取消しの審決を申請したが、同年五月一日これを棄却されたため、同年七月一日、本件除名処分の取消しを求める訴えを提起し(徳島地方裁判所同年(行ウ)第一〇号事件。以下「本案事件」という。)、併せて、同月三一日、本件除名処分の効力停止を申し立てたところ、本件除名処分の効力を本案事件の判決確定に至るまで停止する旨の原決定がされた。

2  ところで、行政事件訴訟法二五条二項に基づく処分の効力、処分の執行又は手続の続行の停止(以下「執行停止」という。)は、処分の効力それ自体あるいはその執行力又は手続の続行の基礎となる効力がない状態をもたらし(形成力)、かつ、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する(同法三三条四項、一項)ところ、その効力は将来に向かってのみ生ずるものであり、執行停止自体の効力によっては、執行停止がされる前に当該処分を前提として既になされている後続処分及びこれによって形成された法律関係の効力に対して何ら影響を及ぼさないと解される。本件においては、前記のとおり、原決定がされる前に、法定の手続きを経て、繰上補充により藤岡が当選人と定められたのであるから、原決定は、右の定めにより藤岡が抗告人の議員たる地位を取得した法律関係自体に対して何ら影響を及ぼさないというべきである。そして、抗告人の主張するように、藤岡が抗告人の議員たる地位を確定的に取得したことにより、本件除名処分の効力を停止しても、法律上、相手方が抗告人の議員たる地位を回復する余地が全くないと解されるのであれば、本件執行停止申立ては、その利益を欠き不適法とされる余地がある。

しかしながら、執行停止は、将来に向けてその対象となった処分の効力がない状態に置くものであるから、当事者たる行政庁その他の関係行政庁は、執行停止の有する前記拘束力に基づき、将来に向けて執行停止の趣旨に従って行動すべき義務を負うのであって、当然にはそれまでに生じた状態を原状に回復すべき義務を負うことにはならないものの、執行停止後において当該処分の効力があるような状態を存続させることは許されず、そのような状態があればこれを将来に向かって排除し、処分の効力がない状態をもたらすための措置を講ずるべきものと解するのが相当であり、そのように解しても、執行停止に遡及効がないことと何ら矛盾するものではないというべきである。

これを本件についてみると、抗告人は、議長を通じて町選管に対し本件除名処分により抗告人に欠員が生じた旨の本件欠員通知をしたものであるが、原決定により、将来に向かってではあれ本件除名処分の効力がない状態に置かれるのであるから、抗告人としては、本件欠員通知がされた状態を放置しておくことは許されず、原決定の趣旨に従い、直ちに本件欠員通知を撤回すべき義務を負うものと解すべきである。そして、藤岡は、抗告人のした本件欠員通知に基づき、繰上補充により当選人と定められたものであるから、藤岡の当選は、本件欠員通知が撤回されることにより、その根拠を失い将来に向かって無効とされるべき筋合いである。したがって、町選管は、関係行政庁として、原決定の拘束力に基づき、藤岡を当選人とした定めを撤回し、その当選を将来に向かって無効とすべき義務を負うというべきである。

抗告人は、当選の効力は、公選法の定める当選争訟によってしか争うことができないのであり、本件における繰上補充による当選の効力に関する不服申立期間の経過により藤岡の当選が確定し、抗告人の議員としての地位を取得するに至っているから、町選管が藤岡の当選の効力を否定することはできないと主張する。しかしながら、同じく地方公共団体の議会の議員に欠員が生じた場合に行われる補欠選挙(公選法一一三条一項)については、右補欠選挙を必要とするに至った選挙について選挙争訟又は当選争訟の異議の申出期間、審査の申立期間若しくは訴訟の出訴期間又は異議の申出に対する決定が確定しない間、審査の申立てに対する裁決が確定しない間若しくは訴訟が裁判所に係属している間は、これを行うことができないと規定されている(同法三四条三項)のに対し、繰上補充の場合にはそのような規定が設けられていないので、繰上補充を必要とするに至った選挙について選挙争訟等の異議申出期間等又は異議の申出に対する決定等が確定しない間であっても繰上補充により当選人を定めることは妨げられないと解されるから、後に選挙争訟等により当該選挙又は当選の効力が確定し、その結果繰上補充が無効となる場合も当然に想定されるところであり、その場合には、当該繰上補充による当選の効力については、法定の不服申立期間の経過後であっても、これを無効にし得ることを当然の前提としているものと解するほかはない(そのように解さないと、繰上補充を必要とするに至った選挙について選挙争訟等を認めた趣旨が全く没却されることになる。)。したがって、繰上補充による当選の効力は公選法の定める当選争訟によってしか争うことができないとは一概にいえない。また、右当選争訟において、相手方は、本件除名処分が違法であることを当選無効の事由として主張することはできないというべきであるから(市町村選挙管理委員会には、市町村議会のした除名処分の有効性について審査する権限も義務もないことが明らかである。)、執行停止により相手方が抗告人の議員たる地位を回復するためには、まず、法定の不服申立期間内に当選争訟を提起して藤岡の当選を無効とすることが必要であるとするのは、相手方に不可能を強いることになって相当でないというべきである。したがって、本件のような場合においては、原決定の拘束力に基づき、関係行政庁たる町選管が相手方からの異議の申出等を待つことなく、また、その異議の申出期間経過後であっても、繰上補充が無効であることを宣言し、藤岡の当選を無効とする旨の決定をすべきものと考えられる。

3 以上の次第で、相手方が抗告人の議員たる地位を回復するについて何ら法律上の障害はないから、本件執行停止申立ての利益は認められるというべきである。

二  抗告理由中回復困難な損害の発生のおそれがない旨及び本案について理由がないとみえるときに当たる旨の主張について

当裁判所も、本件除名処分の執行停止をすることについて、相手方に「回復の困難な損害を避けるための緊急の必要がある」(行政事件訴訟法二五条二項)場合に当たり、かつ、「本案について理由がないとみえる」(同条三項)場合に当たらないと判断する。その理由は、原決定の理由二2に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原決定六頁七行目の「できず、」から同八行目の「予定されている」までを「できなかった(九月議会は原決定に伴う議員定数超過問題により流会になった。)」と改める。)。

三  結論

よって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官田中俊次 裁判官村上亮二)

別紙抗告理由書〈省略〉

別紙抗告理由補充書〈省略〉

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